「車の鍵をなくした?まあ、合鍵屋で作れば、数千円で済むでしょ」。もし、あなたの友人が、そんな風に軽く考えているとしたら、その認識は、20年以上も前の、古い時代のものです。現代の自動車、特に、2000年代以降に製造されたほとんどの車には、「イモビライザー」という、強力な電子式盗難防止装置が、標準で装備されています。そして、このイモビライザーの存在が、鍵の紛失というトラブルを、かつてとは比較にならないほど、深刻で、そして高額なものへと、変えてしまったのです。イモビライザーとは、正規のキーに内蔵されたICチップのIDコードと、車両側のコンピューター(ECU)に登録されたIDコードを、電子的に照合し、一致しなければ、エンジンを始動させない、という仕組みです。つまり、たとえ、鍵の物理的な形状を、寸分違わずコピーしたとしても、その合鍵には、正しい「電子的な合言葉」が記録されていないため、エンジンをかけることは、絶対にできません。このため、イモビライザー搭載車の鍵を、スペアキーも含めて、全て失くしてしまった場合、その復旧プロセスは、専門的な知識と、特殊な設備を持つ、正規ディーラーに依頼するのが、基本となります。街の鍵屋では、対応できないケースがほとんどです。ディーラーでは、まず、車検証などを元に、所有者確認を行った上で、メーカーに、新しいキーを発注します。そして、後日、新しいキーが届いたら、ここからが最も重要な作業です。ディーラーのサービス工場で、専用のコンピューター診断機を、あなたの車に接続し、新しいキーのID情報を、車両のECUに、新たに「登録」し直すのです。この時、セキュリティを確保するため、紛失した古いキーの情報は、システムから完全に削除され、無効化されます。この、一連の作業にかかる費用は、決して安くはありません。キー本体の代金(スマートキーなどでは数万円)に加え、登録作業の工賃などを含め、総額で5万円から10万円、車種によっては、ECUごと交換となり、20万円を超えるような、驚くほどの金額になることもあります。また、キーの取り寄せと、作業の予約で、数日から、時には数週間、車を動かせなくなることも、覚悟しなければなりません。イモビライザーキーの紛失は、もはや、単なる鍵の紛失ではない。それは、車の「電子頭脳」の一部を、交換するに等しい、重大な事態なのです。